ブッダ物語①

お釈迦さまというと、もはや偉大すぎて、神さまのように実在したかも分からないと、思われる方もいらっしゃるかも知れません。しかし!お釈迦さまは、確かに二五〇〇年ほど前実在した人物で、その生涯は魅力的でドラマチックに語り継がれてきたのです!

人類史上、世界に最も影響を与えた人物の一人といっても過言ではないお釈迦さま。どのように生まれ、どのように仏となり、どのように亡くなっていったのか、その一端をお伝えさせていただきます。光翔訳ブッダ物語、始まり始まり~!

お釈迦さまの誕生

お釈迦さまは今から二五〇〇年ほど前、ネパール南部に存在した部族国家、シャカ族の王様の子供として誕生しました。ちなみにオシャカさまというのは、「シャカ族から生まれた尊い方」という意味が略された名前です。

お釈迦様の誕生は伝承によると、お母さんが出産準備のために里帰りをしている時、途中のルンビニー園という場所で産気づき、右脇腹から生まれたとされています。(もうこの時点で驚きです。)

その後、生まれてまもなく七歩歩き、右手で空を、左手で大地を指し、かの有名な言葉を発します。「天上天下唯我独尊」

衝撃的な誕生を果たした王子は、「ガウタマ・シッダールタ」と名付けられました。「ガウタマ」は「最上のオス牛」、「シッダールタ」は「目的を達成した男」という意味を持ちます。ちなみに、ある著名な先生は、この名前を日本的に訳すると「松阪達男」になるとおっしゃっていました。(笑)

お釈迦さまのお母さんは、出産して一週間後に亡くなってしまったそうです。その後はお母さんの妹が王妃となり、育ての母親となりました。

お釈迦さまが生まれて間もなく、王様は高名なアシタという仙人に我が子をみせて、将来を占ってもらいました。するとアシタ仙人は、お釈迦さまを見るなりオロオロと泣きだし言いました。

「王よっ。この子はとんでもない人になりますぞい。もし、王を継承されるのであれば、全世界を統一する伝説の大王になるでしょう。また、もし出家すれば、世界中の人々の心の闇、悩み苦しみを払う伝説の聖者、ブッダになるでしょう。しかし、私の寿命は残り間もない・・・彼の成長が見られず、わしゃ悲しくてならんのです。」

それを聞いた王様は焦ります。それはなぜか。もし王となれば、これ以上のことはありません。一方で、インドの出家とは、家族も財産も全て放棄することを意味します。もし出家して、聖者になってしまった場合、王を継承するものがいなくなってしまいます。そうはなるものかと、王様は策を考えるのです。(続きは十三号にて・・・)

天上天下唯我独尊

雲澤寺の誕生仏
雲澤寺の誕生仏「天上天下唯我独尊」

ちなみに、お釈迦さまの伝承というのはお釈迦さま自身が書き遺したものでありません。お釈迦さまが亡くなった後に、お弟子さんたちがまとめたものになります。なので、いろいろな言い伝えがあり、少なからず脚色もされているでしょう。

だからといって、ただ面白可笑しく書いた訳ではないはずです。一見アンビリバボーな話にも、何かしらの意図や仏教らしさがあっての事であり、それを考えるのが仏教の面白さでもあると個人的には思います。

ちなみに「天上天下唯我独尊」という言葉だけでも、学者さんやお坊さんたちの中でいろいろな解釈がされています。この言葉を直訳するならば「天と地において唯一私だけが尊い存在である」という意味になってしまいます。とても独りよがりで俺様感が強いパワーワードです。

その独善的な言葉に反するように「自分が尊いように、この世において誰しもが尊い存在である」という解釈をされた方もいらっしゃいます。とても平和的な言葉です。しかし、個人的には「だったら、唯我独尊って漢訳しなくて良いんじゃないの?」とも思ってしまいます・・・

一方で、ある方は「この言葉は、お弟子さんたちによるお釈迦さまへの畏敬の念を表したもの。後に悟りを得てブッダとなる、凡人とはかけ離れた人がお生まれなったことを強調したエピソードである」という説を唱えられています。

はたまた、ある方は、このエピソードはお釈迦さまが生まれた時のインド社会と深く関わっているといいます。というのも、インドはカースト制度という細かい身分制度があることで知られています。その原型は、すでにお釈迦さまが生まれる以前からあり、当時は生まれによる、四つの身分階級に分けられていました。その中で最も高い権力をもっていたのが、バラモンという司祭階級の存在です。

そのような社会において、王子という高い身分にありながら真の幸福を求め出家し、悟りを開き人々を教え導いたのがお釈迦さまです。なので、その方によると天上天下唯我独尊とは、次のような意味があるそうです。

「多くの人々は、バラモン教の信仰によってブラフマンこそが尊い存在であると思い込んでいるが、そこには真の安らかな道はない。もしも真の安楽を望むのならば、私の言葉を信頼せよ。というバラモン教からの独立宣言である」

このように、バラモン教から脱却するという仏教の思想が表れた教えを、最後に紹介させていただきます。

「生まれによって〈バラモン〉となるのではない。(略称)行為によって〈バラモン〉となるのである」(『スッタニパータ』より)

仏教とは、生まれではなく行いを重んずる宗教なのですね。

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雲澤寺は、山深くお世辞でもアクセス良好とは言えない場所ではありますが、喧騒を放れゆったりとした時間を過ごすことが出来ます。
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